嫁聴け
CONFIDENCE
PAMELAH (1997)
ヒットチャートに現れる曲。もしもその区別がつかなくなったとしたら、あなたが鈍くなったか、アーティスト間の個性差がなくなってしまったかのどちらかである。しかしその差があるにもかからわず 「最近曲はどれも同じに聞こえてしまう」 といった普遍的な理由だけでチャートから遠ざかってしまったなら、ちょっとそこでこのアルバムを聴いて考えてみてはいかがだろうか。
今、売上中堅的な人気を保っている形態に男性+女性の 2 人組のユニットと呼ばれるものがある。男性は作曲、アレンジ、そしてキーボード、もしくはギターを担当し、女性は作詞やボーカルを担当するパターンである。そしてこれらユニットに大きく共通する特徴は 「特徴が無い事」 である。さっと耳に入り、そしてさっと抜けて行く。主にテレビコマーシャルにその音楽が使われるが、それ以上でも以下でもない。
個性が乏しいメロディ、という次元ではなく曲として成立していない。サビに至る無理な転調、単純なメロディ、毒にも薬にもならないボーカル、ありふれた現代女性像を描いた歌詞。蔓延している曲の傾向。 PAMELAH もこの次元に入る。しかし一つだけ異なる要素。それが 「PAMELAH 臭さ」 。
ここで引き合いに出すのは小室哲哉という名のプロデューサー。そしてその怪物的な売上。彼の成功した理由は商業的側面からだけではない。メロディに 「小室臭さ」 があるからである。特徴的なメロディにひたすら晒されることで、リスナーの耳は確実に蝕まれ、麻薬中毒のように繰り返しそれを求めさせるのである。音楽として正攻法とも言えるメロディというブランド、イメージの構築に長けていた。
PAMELAH のこのベストアルバムを聞く事で、アーティストイメージを作るのはやはり 「臭さ」 という個性であることがわかるだろう。うまさのカケラもないボーカル。倍音も感じられず、ひたすらに一つしかない音階をなぞるだけのボーカル。ひたすらに 4 分音符のリズムだけを刻む打ち込みのドラムス、安っぽいシンバル、古典的なサビでの転調。顔の見えないギター音。アーティストとしてのこれといった利点は一つも無い。しかしシングルがチャートの中堅位置に送り込まれ、その度に思わず笑ってしまうような、音のイメージを作り上げてしまえば、消費音楽としては一級品である。
言い換えれば聞く価値すらない音楽。それであっても一聴して 「PAMELAH だ」 といわせる要素のコレクションであるこのアルバム。聴き終えた後に不思議ともう一度手を出してしまうか、もしくは一度で懲りてしまうか。いずれにせよ音楽は常に薬と同じ効用を引き出すことは間違いない。