嫁聴け

007 Gold Singer

SMAP (1995)

時のミュージシャンによるアイドルへの楽曲の提供は、特に珍しい行為ではない。音楽的な骨格を持つ必要もなく、時の流れに乗り続けることがその役割であるともいえるのだから。

しかしその演奏をバックにすることはどうだろう。人気バンドのギタリストが参加、というレベルなら過去にいくらでも実績はある。が、世界的ミュージシャン、それもジャズ・フュージョン畑のプレイヤーを全面的にフィーチャーするとなると話は別だ。 SMAP はアルバムにおいてそれを早くから実践し、今に至っている。Brecker Brothers, Omar Hakim, Will Lee, Philippe Saise, David T.Walker, Don Alias 。これがこのアルバムにクレジットされている主なミュージシャン。中にはグラミー賞常連の名もある。たとえ見知らぬ名前の羅列であっても、音が名を証明するだろう。ミュージシャンのうまみを引き出す曲へのコーディネート、そして熟練した演奏が世界第一線のクオリティを提示する。

打ち込みを多用した曲であっても、 「アイドル」 からイメージされる、ファンヘのすり寄り型の安いアレンジが全く見られない。先も書いたようにアイドルにとっての舞台は音楽ではなく、ブラウン管、もしくは雑誌といったメディアにシフトするようになって久しい。 「歌」 への商品価値が低下し続ける中、自爆覚悟で敢えて第一線のミュージシャンを抱え、そして結果としてカッコよさを示すことに成功している。となると、下手な編曲はアレンジャー自らの首を絞めることにもなり兼ねない。アルバムに収録させる 「曲」 としてのボーダーラインが著しく高くなってしまったのだ。その中で己の曲を埋もれさせないよう引き出された結果の成功ともいえる。普段、日本の市場の中で活躍しているアレンジャーの底力が試されるのだ。一つの谷がアルバム全体の構図を崩してしまうことも多い。完成に至るには、楽曲全てが高みになくてはならない。遥かに高い基準をクリアする、それだけでも十分に異色な「アイドル」のアルバムになっている。

演奏、アレンジの密度に対し、歌唱力は確かにアイドルの域を出ない。しかし生活に根ざした詞の世界を、よりドラマティックに、そしてメロウに表現するには非常に効果的だろう。そもそもジャズは、空気を作り出すに非常に適している。演出されうるドラマは日常であり、主人公となる各々の気分次第でいくらでも増幅され、世界に浸ることができる。主人公でありながら通行人 A でもある人物に、うまさは必要とされない。だとしたら身近な生活を、無理な背伸びをしようとしない SMAP の声になぞらせ、より物語を際立たせる舞台演出としての演奏を用意するという構図もありだろう。 「カッコいい」 は演奏だけではなく、アイドルならではの、より身近な声があっても成立している。

人気先行と思われがちな SMAP だが、シングル曲に対する世間の反応、すなわち楽曲のクオリティとセールスは見事に比例している。人気以上に 「曲」 が評価される異色なアイドルとしてのポジション、その最たる投影物がアルバムに見られるクオリティといえよう。

シングルとしてリリースされる曲ではメロディを全面に打ち出した分かりやすさを見せ、アルバムでは生音を多用して曲と音を際立たせる。シングル曲に慣れ親しんだ耳には、アルバム収録の新バージョンは魅力的に聞こえ、 「曲」 の持つ 「カッコよさ」 を知らずのうちに擦り込まれるようになっている。 「格好良い」 ではなく 「カッコいい」 という押し付けない感覚で、格好良い音楽を提供している媒体。その SMAP という第一線のアイドルが、第一線のミュージシャンの風を受けて 「作られた」 アルバム。その後 98 年の最新作 『012』 までこのコンセプトは受け継がれている。