嫁聴け

DRESS

TM NETWORK (1989)

99 年 3 月にリリースされた globe のアルバム 『FIRST REPORODUCTION』。そのタイトルを見て 「リプロダクトか」 と思わず遠い目になってみたり、その中味をある程度予想した人も中にはいることだろう。今さら何の説明の必要もない小室哲哉という人物を、かつて中心人物として活躍していた TM NETWORK (1984-1994) 時代から知っている人なら尚更だろう。

かつて TM NETWORK(以下 TM )も 89 年に 「リプロダクト」 という名の下に、邦楽史上類を見なかった 「ベストアルバム」 を発表したことがある。既存の曲の音源を外部のミュージシャン、プロデューサー、リミクサーに預け、 TM のメンバーが一切関わらない環境で音楽の 「再生成」 を狙ったものである。出来あがった作品、シングルのカップリングを含め 13 曲は、当時のファンの間に賛否両論を巻き起こした。

今では誰も使わなくなってしまった 「打ちこみ」 という言葉がある。コンピュータとシンセサイザーを多用したこのジャンルがなくなってしまったわけではない。リプロダクトアルバム 『DRESS』 が発売されてから 10 年。あれだけ特殊なジャンルとしてカテゴライズ、そして異端視されていた音楽作成技術はすっかり普遍的なものとなった。 「デジロック」 という言葉もある現在において、デジタルとアナログ楽器の線引きに熱くなるのも意味のないこととなった。パーソナルコンピューターの普及に伴い DTM (Desktop Music) への間口が広がったことも、その要因の一つといえよう。が、この当時まだコンピューターを用いての音楽作成はアマチュアに手の出せる領域からは少々遠く、普及価格帯まで降りてきたシンセサイザーを使っての 「打ちこみ」 が主だった。ところが、このアルバムは、 TM の曲を聴き、似た音声を探し、作っては楽しむ 「打ち込み」 という領域を 「打ち破って」 しまった。 「サンプリング」 、そして 「ダンス」 である。

音を波形として記録し、それを加工、もしくはそのまま利用するこの技は、当時、決して特殊なものではなかった。しかし一曲を丸ごと、場合によってはボーカルだけをサンプリングし、加工するとなるとどうだろうか。口だけを残して、その他の肉体を全て機械に置き換えるようなものである。当時の機材の値段からすると、もはやアマチュアが手を出せる領域ではなくなり、そしてそれは 「作る」 ことをしない単なる 「リスナー」 にまで拒否反応を引き起こしてしまった。シンセサイザーという 「機械」 が脚光を浴び始めた時に起きた現象と何ら変わるところがない。物珍しさと同時に湧き上がった 「生音にかなうものはない」 という反発。 「既存の音源の方がいい」 「なんでこんなことをするのかわからない」 。 10 代をファンの中心としていたグループであれば、これは当然の反応だった。リプロダクトという名のサンプリング。常に新鮮な 「素材」 を提供していた人物が、事もあろうに俎上の鯉、素材の対象となってしまったのである。作るはずの人物が作られる。見たこともない姿で再び現れた人物は、知っている者の目にも他人としか映らない。

この大いなるサンプリング 『DRESS』 からは、皮肉なことに 「Get Wild '89」 という一枚の大きな意味あるシングル曲が生まれた。原曲 「Get Wild」 は TM NETWORK の名が広く知れ渡ることとなったヒット曲であり、このリプロダクションはヒットチャートとの住み分けが当然だった 「アンダーグラウンド」 な日本のクラブでもヘビーローテーションとなり、英国のマイナーなダンスチャートでも TOP 10 に入る記録を残した。今でこそクラブは新たな音楽の発信地であり、既存の音源から新たな曲を創り出す DJ という 「行為」 も一般に認知されるようになった。しかし当時、まだメジャーとは無縁な世界にあった日本のクラブがこの曲を受け入れたことを見逃してはならない。その理由は 「ダンス」と いうキーワードにある。

海外向けに設計、輸出された自動車が、後に国内評価が高まり逆輸入車として日本流れ込んでくることも多い。全てのリプロダクトを海外の人材に発注した 『DRESS』 は、正にこの逆輸入にふさわしい存在だった。日本の嗜好が入り得ない環境に曲という身を委ね、世界の先端を走っていた人物のセンスに全てを任せてしまう。後追いが当たり前であった日本の音楽にとって、これほど新鮮で、とっつきにくい存在はなかっただろう。が、アンダーグラウンドは常に新しい。 「日本の」 ポップスとして作り上げられつつあった打ち込み、その足回りの弱い下半身に筋肉増強剤を打ちこまれて帰国してきたら 「ダンス」 となって生まれ変わっていたのである。それはダイエット広告の 「使用前/使用後」 の魔力と同様、前者のイメージを完全に拭い去ることに成功した。ヒット曲に宿命付けられた 「カッコ悪さ」 を捨て去って、新たな評価を 「リプロダクト」 したのである。クラブは踊るためにある。目的を叶える音楽が受け入れられないはずもなく、ここに 「打ちこみ」 は 「ダンス」 として完全に作り変えられてしまった。

聴き手による問題作、総スカン作が、作り手にとっての斬新な作品であれば、それを消化しながら、音楽精神的キャパの狭いリスナーに分かりやすく噛み砕いた離乳食として分け与えるのも製作者の務めである。小室哲哉はそれすらも自分自身で行なった。アルバムの 2 ヶ月後にリリースされたシングル 「DIVE INTO YOUR BODY」 がそれである。 『DRESS』 によって得たボトムを、自らが作り上げる TM の身へ「注入する」。この作品のミックスは 「Get Wild '89」 を手がけた Pete Hammond に委ねている。まな板に上って調理されただけではなく、その包丁の切れ味も獲得してしまったのだろう。やはりこの人物に MIX を依頼しているアルバムが、trf の 「EZ DO DANCE」 であることを知れば、 「ダンス」 というキーワードの裏づけ、伏線も取れる。

このアルバムを契機に 「ダンス」 を得た TM は、一転してギターを前面に打ち出したシングル 「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」 をリリースした後、 「TMN」 としてリニューアルを果たす。ギターとツインバスドラムの音を中心とした 「アナログ」 ロック色の強い 「TMN」 のファーストアルバム 『RHYTHM RED』 も、やはり意見が大きく分かれてしまった。しかし 「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」 の B メロとサビ、そして 「RHYTHM RED BEAT BLACK」 においてダンスの一つのムーブメントであった 「ハウス」 のリズムを用いていることにも注目したい。この時点で小室哲哉は 「打ちこみ」 という言葉を大きく否定、もしくは強固な脱却を図ろうとしていた、と見るのはうがち過ぎだろうか。単純、かつ中毒性の強い 「4つ打ち」 を中心とした 「ダンス」 、そしてその後世界的に 「デジロック」 として融合されてゆくノイジーなギターをフィーチャーして行く音楽。 『DRESS』 を作ろうとした時点で 「憧れてついてゆく打ちこみファン」 を置き去りにして、小室哲哉の音楽は次のフェイズに向かっていたのだろう。

このアルバムを 「今も新しい」 と言いきってしまう訳にはいかないが、 TK サウンドが一つのジャンルとして確固たる地位を築いた今、その 「今」 のヒントで満たされていたと見る分には異論はないだろう。自らが作った TM と同様 3 人組のユニット globe ではギターをメインに据え、かつ自らがその演奏を全てとりおこなった 98 年のヒット曲 「wanna Be A Dreammaker」 でユニットとしての流れを変えてみせた。もしも時代、変遷のトレースが図らずして行なわれるのであれば、今後の globe の展開が数年後の音楽を予見させるかもしれない。

小室哲哉はこのアルバムを手がけてはいない。音楽は常に 「変遷」 であり、このアルバムに見られる当時の 「世界」 もまたその流れの一つに過ぎない。が、たった一人が経てきた流れからすると、その特殊性から 「突発」 であるともいえる。突発を境にしても種は変化する。ならばこれは正にその好例といえるだろう。

(余談だが 『DRESS』 からの先行シングルを 3枚とも同時にチャートインさせたその 9 年後、98 年には globe メンバーとして本文中の 「wanna Be A Dreammaker」 を含めたシングル 4 枚を同時にチャートインさせている。後者の記録が注目される中で、過去に果たしたこの記録があまり取り上げられてなかったのはなぜだろう。しかもこの 4 枚が同時発売ではなかったということも押さえておかなければならない。)