嫁聴け

Rain or Shine

高野寛 (1996)

2000 年 1 月、これを書いている今、特に男性ボーカルにおいて 「メロディが良い」 と語られる音楽には、純粋にメロディだけでは終わらない 「曲」 として構成させる要素として、文学であったり、ラウドであったり、毒があったりという 「今風」 の要素が評価の一基準として必ず存在している。これら付加価値で音楽を語ることにリスナーは大きな疑問を抱くことなく、またこれらの要素を持つアーティストが多分にニューカマーであるがゆえに、 「新しい物」 好きな人間は自ずとそこに引き寄せられてゆくものだ。 「自称音楽ファン」 が、だんだんとその実を持って音に対して接することができるようになっている 「追い風」 の中に、 「音楽」 そのものが置かれ始めている吉兆とも見ることができる。

同時に、ややするとプラスアルファのこの要素が先行してしまい、アーティストそのものが 「リスナー」 という一特定少数派閥内における 「絶対」 になりがちなのでは、という懸念もある。それが、主導、制作するはずのアーティストサイドの足かせになってしまったり、またアーティストが自ら袋小路を作りだし、迷い込んでしまうことにもなるのではないだろうかという…それは気の回しすぎというものだろうか。

高野寛はデビュー当時から常に 「良質なメロディークリエーター」 であり続けた。日常生活の中でも飲んでいるスポーツ飲料水にも似た 「耳への高浸透性」 という、音楽を作り出す上での第一条件を持ち続けていた。しかしそれも 「虹の都へ」 「ベステンダンク」 という重い名刺によって覆い隠されてしまい、結果として、そのメロディが持つはずの清流も暗渠に閉ざされるという、都市部の皮肉と矛盾に自らを晒すこととなってしまった。雑踏の下を流れる渋谷川。高野寛は 「あの当時」 の 「渋谷系」 にもなることなく、己の道を進むこととなった。これはまさに自らの足かせだったのだろうか、それとも需要と彼の時間軸がずれてしまっただけなのだろうか。今であれば、シンガーとして自分の世界、メロディで勝負を掛けているアーティストの一人歩きは難しくはない現状にあるが、そのほとんどはプロキャリアとして見たのであれば若手だ。

「音楽」 はこの 10 年でその流通形態、伝播形態を大きく変えた。付加価値に目を奪われてから後、芯へと気がつくというリスナーの復習型傾向が強まったが故に、芯から同心円状に広がるというヒット形態はなかなか出にくくなっていた。先行する装飾に慣れ、素材を論じる者の声は小さくなり、装飾をひたすらに論じ続ける声に何も違和感を抱かないという音楽的軍国主義の時代。そしてたとえ芯がバイブレーションの中心となっていても、その芯となるものが突発的に新しさを持ったものでない限り、芯の更に本質、すなわち核となる部分は吟味されることなく、無理に埃をかぶせられ、常にそれを愛し続ける者だけが取り囲み、陽の目を見せようとして実は見せようとしていない、覆い隠すという悪循環へと入り込むこととなった。 「通好み」 と言われる音楽。その閉鎖性を作ること。それはアーティストだけの罪ではない。

メロディが先行し、ギタリストとしてもボーカリストとしても実は半端な立ち位置にあった、毒を持たないアーティスト高野寛。彼が浴びることのできる光量、それに今、余りがあるかと問われれば渋面を見せるより他に反応はない。しかしその培ってきたメロディはここ 2 枚のアルバムで更に安定性を増し、笑顔と皮肉だけで終わらない表情の窪み、 「艶」 を持ち始めた高野寛は、結果として、いわゆる 「少し早かった」 存在だったともいえる。部屋に入った時、入室者の神経を違和感なく包み込む上品な香りは、瞬間、その記憶となる領域からは消え失せる。が、退出した数時間後、そこへ戻って来るきっかけを無意識のうちに与えられていることに 「気がつく」 健全なサブリミナルなのかもしれない。しかしそれをサブリミナルとする認識に至るのと、この矛盾を楽しむためには、やはりリスナーにもそれなりの経験値を必要とされるだろう。

アイロンでプリントされたアップリケ。これは焼きゴテの刻印にも似て、翌日には全てを剥奪されるスティグマとなりうるかもしれない。が、自ら戸棚の裏に刻んだ模様ならば、その表面にも目には浮かんで見え、模様替えの日に、もしかすると引っ越しの日に再び相まみえることになる。窓の外に見えた、隣家の外壁。そこにあるちょっとした傷に気づき、そして気づいたこと自体に満足しているのは自分だけであって、誰もそれを疎ましいとは思わないだろう。上質、良質であり続けることは、玉が珠へと移り変わった際に、宝物 (ほうもつ) としての数の勝負、どれだけ多くの展示品を所有していたかという決着のつけ易さにもつながる。説得力と具体性の相関関係など述べるまでもなく、ましてや装飾と飽和のそれにおいては呆れるくらいに同じ事が繰り返されているにもかかわらず、まだ誰もそれを止めようとはしない。そして 「素」 であることと 「没個性」 とはまた大きく異なる。また、それを評価するのは本人ではなくリスナーという絶対的な主観もある。音楽を 「評価する」 こと自体が間違っているといってしまえば、このセンテンスを全て否定することになってしまうか。では否定してなかったことにしよう。それでも次の曲へとつなぐ MC くらいの役割にはなる。

確実に言えること。高野寛には、ポップスと呼ぶのにふさわしい 「入ってくる」 メロディを奇をてらうことなく作り続け、アクに頼ることなく、そして何よりも古きに落しこめることなく 「らしく」 あり続けた強みがある。ポップスという約束、音のルールからはみ出さないという安心感は安易なる防御ではなく、自らに浮かぶメロディを、ただ極みへと澄ませていきたいがゆえの無意識な鍛錬なのかもしれない。リスナーはその効力に、また再び気がつき初めてもいい時期にさしかかっているのではないだろうか。良質な音にだけ許されるコラボレーションも、 「高野寛」 というピースにしっかりとアダプトされている。このこともまた一アーティストとして、一つの完成形を提示していることを意味するはずだ。そのような 「個」 であるアーティストに対し、少なからず追い風が吹きつつある現状だからこそ、既に立っていた頂きの空気を、自分の部屋に持ち込みたいとは思わないだろうか。芳香剤でも消臭剤でも太刀打ちできない空気を、他人だけに独占されるのはもったいない。風の中に立ち、瞬時の香りに醒まされる記憶を辿りたいのならば絶好の機会だ。芯を知る力が自分にあると思うのなら、少しばかりそこに対峙する余裕があってもいいだろう。