嫁聴け

the NEXT EXIT

DA PUMP (2002)

自分の音楽的遍歴でたった一つだけ自慢できることといえば 「歌謡曲で育った」 ことだと。いわゆる 「アンチ邦楽」 を標榜する人間がヒットチャートを馬鹿にしまくっていた時代というのが、まさに、自分がヒットチャートにはまっていた時代。ゆえにパチ物文化で育ってきたとも言える。それも重箱の隅をつつくような趣味ではなく、ヒットチャートの王道で育ってしまったものだから、今でも変わらずに、いや、音楽をアクティブに聴きに行く姿勢としては、 10 代のそれよりも段違いに強いわけだから、今の方がパチ物好きに磨きがかかっている。

それも本気のパチ物。パチ物にはいくつかのグレードがあって、最悪なのは日本の流行をさらに真似したドジョウ物。ところが、作り手が本気になればなるほど、パチ物にも磨きがかけられてニセ者を寄せつけなくなる。それこそがハイリスクハイリターンを地で行ってしまったトップランカーというやつで、キングオブパチ物。

DA PUMP はアイドルですか? 否定はできないけれども、アイドルの代表格 「ジャニーズ」 と DA PUMP の何が違うかといえば、ジャニーズは家内制手工業でアイドルの王道を一定水準で生産し続けていくけれども、後者はパチ物街道というヤクザ道から自分たちのシェアを確保したこと。パチ物好きの僕は、当然のことのように DA PUMP のバックにいる m.c.A・T という本気なのかギャグなのかさっぱり見当もつかない、そのくせに吸い付くような (グラインドフルという造語を作って通じる?) メロディラインの書き手と、だからこそファルセットに抜けるグリスを綺麗に決めてみせるボーカリストが好きだったのだけれども、いかんせん何が彼の不幸だったかって、デビュー曲があの 「Bomb a Head!」 だったわけで。あれをリアルタイムで聴いていた人からすれば m.c.A・T はある種の一発屋なのだよね。あれ? いつの間にか m.c.A・T の話だよ。

確かにボーカリストとして見たところ、骨太さがなかったのはマイナスだったのかもしれない。だとすれば、DA PUMP を本気で作りに行ったことにも納得がいく。顔もダンスも、ジャニーズという王道のアイドルに対して十分に向こうを張れる。 ISSA のボーカルとしての資質も決して悪くない。高音の延びこそ師匠に譲るものの、中音域の張り、すなわち喉の太さに関しては申し分ない。気味の悪いひねりも加えない。素直に強い声。 m.c.A・T が DA PUMP に (ほぼ) 専念した理由は、 「なってみたかった理想のアーティスト像」 を再現してくれる存在がそこにあったからじゃないか。編曲者名義で使っている 「富樫明生」 のアルバムジャケットは、今思い出してみれば、なるほど 「なれなかった自分」 だし。致命的に富樫明生になかったもの。それは華だ。こればっかりはもうどうしようもない。彼はギャグ以上のものにはなれなかった。

さて、本題の DA PUMP 。単なるパチ物だったら、1 年保たせるのも難しい。リスナーの審美眼はナメちゃいけない。そして何よりも、彼 (彼女) らは商品なのだから、無理をしてまで投資をする理由が見つからない。その商品価値を見抜いて・信じて・育てる仕事は誰にでも出来る作業じゃないし、闇雲にお金を落としたからと言って成功するわけでもない。つまるところ、責任をもって育てる人間がそこにいたからこそ、アーティストってものは行けるところまで行けるのだと。こうなってくると、富樫明生はやっぱり 「出会っちゃった」 んだな。

もうアイドルという枠では語っちゃいけない。パチ物でスタートした自分たちが、いかにして世間の嘲笑に潰されずにやっていくかを測りながら変化している以上、それはアーティスト以外の何者でもなかろうと。その結果が 「あなたが選ぶ 2000年 『ウィークリーチャート TOP10 入り出来なかった不幸の名曲 』 ランキング TOP1」 間違いなしの 「if...」 の成功か。

泣ける。

あれは成功例の典型。そこそこヒットチャートに耳がさらされる環境にある人なら、実はあの曲は歌えちゃったりするでしょ? 売り上げ枚数の何倍もの人間が、曲そのものを知っているという 「名曲」 パターン。何よりも、彼ら自身がデビューから 5 年、2002 年まで生きていたことが 「好きな人はちゃんと好きでいてくれる」 ということの証明にならんものかな、などと思ってみたり。

つまるところ、 「今、もっとも不当な扱いを受けているアーティスト」 の一つに DA PUMP を挙げたいということなのだ。 m.c.A・T からの流れで DA PUMP を聴いていくと涙なくしては語れなくなるだろうし、この作品の前にリリースされたベストアルバムを聴いてからオリジナルアルバムを聴いたとしても、決して 「捨て」 になる曲がないことを意外に思うだろうし、それこそが体感して欲しい新発見でもあるし。

このメロディにこの声アリ、過剰なアレンジも気の抜けたアレンジもナシ。スクラッチ、打ち込み、 A・O・R、ラテン、80's、ラガ、「J-POP」 としかいいようのないアレ、 and so on 。一つ一つが既存の物で、真新しい要素はゼロ。なーんにもない。それでも作り手による配分センスがなければ、それは全てが 「ダメ」 になるための要素にしかならんし。

安く上がらない手前の、ダメになりきらない手前の、暑苦しすぎない手前の、そのギリギリの安息酸と甘味料テイストを味わえる、ある意味レアな存在なんだということに、いま一度ここで気づいてもらえれば、 DA PUMP ってもっともっと 「これはこれでいーじゃん」 と言ってもらえるはずなのに。そう、これはこれでいいのだ。だから不当に無視しないで、正当に聴いてみて、その上で 「やっぱ俺にはコーラなんて飲めねー」 というのならば、それ以上無理しなくていいから。


どーしてもしゃべりたかったはしがき:
DA PUMP が 97年 にデビューして以降、年間 TOP100 にシングルを送り込めたのは 2001 年が初。このデータからして、 「尻すぼみに終わる」 はずのアイドルという概念の枠を超えている。変なところで何かがちょっとおかしい。